1月15日にマスコミが報じた福岡市の、2歳女児のむし歯治療における非常に残念で悲しい死亡事件に関して、様々な意見や考えがインターネット上を賑わせています。まだ事件の内容が詳しく分からないため、中には非常に偏った意見や誤った情報が錯綜していますので、当院の基本的考えをQ&A形式で述べたいと思います。
以下の文章で、この保護者を決して責めたりはしていませんので、誤解のないようにお願い致します。
Q1:まだ2歳の子の歯科治療に麻酔を使うの?
A1:当院でも2歳以下で麻酔注射を使うことがありますが、そのほとんどは外傷による歯牙の脱臼固定や口腔内の唇・舌・歯肉の裂傷の縫合によるものです。ただ稀ですが、ひと月に一人いるかいないかの割合で麻酔注射を使ってのむし歯治療があります。この場合は痛みを引かすというより、安全に・子供に楽に・正確な治療ができるラバーダムという器具を使うのですが、これを保持するために、ごく少量の麻酔(6歳児治療に使う量の3〜4分の1量)を保護者に説明・同意のもと使用します。もちろんお子さんの状態(目の動き・呼吸のリズム・唇の色・手足の指の動きなど)を観察しながら治療を行います。
Q2:ゴムのシート(ラバーダム)は必要なの?
A2:低年齢こそラバーダムが必要なんです。歯科治療には非常に危険な器具を使うことが多く、低年齢の子は治療途中に突然動いたりするため“けがをさせないように”“器具や薬品の誤飲を防ぐために””正確な治療をするために“非常に有用な器具です。もちろん、風邪などで鼻づまりで鼻呼吸が出来ず、口呼吸でも苦しそうな場合、予約を取り直してもらうか、ラバーを使用しない簡単な治療をするかします。お母様や本人の都合でやむを得ず治療する場合は、ラバーを持ち上げ口呼吸できるようにしながら、口の中に水がたまって苦しくないかなど、注意を払いながら治療を行います。低年齢では鼻呼吸が不完全なので使うべきではなかったとの報道がありましたが、これは普段からラバーダムを使っていない、ラバーダムの有用性・安全性が理解できない歯医者のコメントと思われます。
またラテックスアレルギーがあった可能性も否定できません。当院では、ラッテクスフリーのラバーダムも用意しています。
Q3:2歳で麻酔を使うような治療は必要なの?
A3:今回の福岡の件では情報が少なく、あくまでも私の推測ですが、このお子さんの奥歯に相当大きな、かつ緊急の治療を必要とした、むし歯があったと思われます。なぜ奥歯かというと前歯のむし歯の場合、保護者にとって見やすく、歯ブラシやフロスなどで、う蝕の進行をコントロールをしやすい歯だからです。
乳歯の奥歯は2本あって、1本は平均11歳、もう一つは12歳にならないと生え変わりません。このお子さんの場合、後8〜9年持たさないといけない歯です。そのため2歳でも治療となったのでしょう。また、むし歯になった歯質を取り残すことなく、治療時の痛みを感じさせないようにするためには、どうしても麻酔注射は必要で、この先生の治療方針自体は間違っていなく、仕方がなかったかなと思います。
ただ後の対応が良くなかったですね。私なんか、唇が紫になってたら“わっ。チアノーゼや救急処置が必要や!!”って正直焦るでしょうし、脈拍測定・気道確保・酸素吸入をしながら救急車を呼ぶ手配をするでしょう。
当院で同じ症例の場合、基本は進行止めと歯質強化の成分の入ったセメントでカリエス・アレストメント(う蝕抑制)を何回か行って、少なくとも3歳過ぎてからの治療を考えます(保護者が望めば、う蝕抑制を続けます)。ただし、進行抑制が効かず歯髄炎から抜髄(神経を取る)になりそうな場合は治療をしますが、決してレストレーナーという子供を物のように縛り付けるような強制治療は行いません。
Q4:そもそも歯科治療に麻酔は必要なの?
A4:皆さん痛いのはお好きですか?麻酔なしで歯科治療をしても良いですか?
大の大人でも痛いのは嫌です。ましてや乳歯は永久歯よりも歯質が薄く、かつ軟らかく、もっと痛く感じます。だから小さな子供でも麻酔は必要です。泣かれたり痛いと言われたら困るので、見えるところだけを、ちょちょっと取って外から分からないように白い詰め物をしている子を何と多く見ることか。そんな治療でも良いですか。
誤解しないでほしいのですが、麻酔を使てでも、むし歯を全部取ってやろうとした この先生を責めないでと思います。ただ何回も言いますが、子供さんの様態が急変した後の対応は責められても仕方がないでしょう。
Q5:どうせ生え変わるから放っておいたらよかったのに
A5:乳歯は生え変わるから、むし歯があっても放っておいて良い。という考えがいまだにありますが、大きな間違いです。
最初に、乳歯のむし歯の進行のお話をしましょう。乳歯の歯質は非常に柔らかく、一度むし歯になると進行が速いという特徴があります。乳歯のむし歯がひどくなると、まず本人に痛みが出ます。大人と違って、痛みを感じる期間が短く、すぐ神経が死んで神経が腐っていきます。それを放置しておくと、歯ぐきに膿が貯まります。この腫れは痛みが出ないので本人や保護者が気付きにくいのが、やっかいなところです。ここで歯科医院で治療を受ければ、まだ乳歯は助かります。これもほうちすると歯冠が崩壊して歯の形がなくなり、歯医者で抜くか溶けてなくなり根っこだけになっていきます。
次に、乳歯のむし歯を放置したらどんな害があるでしょう。
まず本人に激痛がきます。痛いから硬いものを食べなくなるでしょう(偏食です)歯が絶えず気になって集中力が落ちてくるでしょう。
膿になるとひどい口臭を発して、お友達から嫌われるでしょう。
歯が早期になくなりました。前歯の場合、なくなった隙間から舌を突き出す癖(舌突出癖)がついて、正しい発音が獲得できにくくなります(何を言っているのか聞き取りにくくなります)奥歯の場合、周りの歯が隙間を埋めようと移動してきます。つまり歯並びが悪くなります。
乳歯にむし歯が多い環境の中に、生えてきたばかりの軟らかい永久歯(生まれたての赤ちゃんの皮膚がマシュマロのように柔らかいのと同じ)が無事でいられると思います?永久歯が生えてきたから今までの食生活を変えるぞ!って、すぐに変えられます?だから乳歯のうちにお口の中の環境を良くしておかないといけないのです。
今回の事故は決して起きてはいけない、悲しい事故です。また全容がわからないので軽々しく論じるのも控えたいと思います。今回のことを肝に銘じて明日からの診療にあたりたいと思います。
お冥福をお祈りいたします。合掌。 |